講評 2025年1月
兼題「春近し」「探梅(たんばい)」
総評に代えて
今回は、頂かなかった句について少し記してみましょう。
〇五七五音のうち、真ん中の七音を「中七(なかしち)」といい、一句の柱となる部分です。いわば、句の背骨ですから、ここが字余りになりますと、残念ながらたいていは失敗します。俳句は定型詩ですから、じつは音数がもっとも大切なのです。一句できたら、必ず、音数をかぞえなおしてみましょう。
〇よく「さ庭」(さにわ)を「狭庭」と書いて自宅の庭とする句がありますが、「さにわ」はごく神聖な場所をさします。避けたいものです。
〇今回の兼題の「探梅」は案外面白い季語というか、便利な季語といえましょう。これは冬の終りのまだ寒い時期に梅が咲いているかどうか、見に行くことですが、実際に梅がひらいていたかどうかは、気にする必要がありません。いや、一輪も咲いていなくともよいのです。他の花にさきがけて咲くため、「花の兄」とも称せられる梅の花が、もしかしたら、一輪、二輪ひらいているのではないかという期待をもって出かけてゆく行為であり、梅そのものを愛でる季語ではありません。ご投句の中には「蕾があった」「もうすぐ咲きそう」といった内容のものが多々ありましたが、梅については何もいわずともよいのです。探梅はあくまでも人の感情に寄り添う季語だからです。
※添削してから頂いた句もあります。難読字には振りがなを新かなでしてあります。
2 俳号 カモミール
何処より杣の槌音春近し
3 俳号 大樹佐保
探梅や七国山の碑を見つけ
5 俳号 克丸
☆春近し猫のまなざし柔らかく
もうすぐ春だからといって、「猫」がやさしそうになるわけではありませんが、日差しの優しさがそう感じさせたのでしょう。ほのぼのとした句です。
7 俳号 齋藤弘子
春近し木洩れ日届く水呑み舎
9 俳号 川端日出子
追手門より郡山城梅探る
10 俳号 水島五月
本読みつつ笑まふ人あり春隣
☆探梅の人と行き会ふけもの道
梅を探りにゆくのは、たしかに人里から少し離れた場所が多いかもしれません。道とはいえぬ道でふと出会った人。少しほっとされたのかも。
靴音の高く響きて春近し
11 氏名 津森 鈴子
春近し時計眺めてスーツ見て
12 氏名 荻野 和子
凍りつくタオルに射す陽春近し
15 氏名 兵頭 光子
暮れ残る空に夕星春近し
木の肌に耳をすませば春近し
16 氏名 鈴木 美和子
次々におかわりの列春近し
探梅や枝は青空ほしいまま
下校児の賑やかな声春近し
17 氏名 岡田 慎太郎
訪客のにわかに増えて春隣
春近し家族旅行の話題増え
探梅やたまに取り出す歩数計
20 氏名 本間 勝
夕暮れのしずかな雨や春近し
ふっくらと餅焼き上がり春近し
22 俳号 小池聖明
☆春近し分解すすむコンポスト
「コンポスト」はごみの有効活用法として注目されているものです。そのゆっくり発酵し腐熟してゆくものを、春が来たなら畑の土に鋤きこむことを思い描いているのでしょうか。
春近し眠りを誘う昼休み
23 氏名 平田 和美
春近し旅の案内の早々と
探梅やペダルを漕ぎて岬まで
24 俳号 梓小雨
制服の採寸の列春近し
スーツ屋に車が増えて春近し
26 俳号 志方早葉
球根の蕾鮮やか春近し
27 氏名 富永 美智子
春近し雲も留まり立ち話
28 俳号 髙橋瑞穂
制服の採寸終わり春近し
29 氏名 千葉 明子
名前書く練習楽し春近し
30 俳号 脇田弥生
石臼に鳥の水浴び春近し
32 氏名 吉井 さえ子
春近し苺大福考妣へ
34 俳号 縞錆
箱根山襷渡って春近し
36 氏名 川原 厚子
鳥舞いて空はキャンバス春近し
37 氏名 小牧 正人
制服を喜びて孫春近し
38 氏名 田中 道浩
公園で食べる弁当春近し
39 氏名 藤川 知之
探梅行膝の痛みも何のその
41 氏名 寺崎 美知恵
右ひだり吹く風の中春近し
42 俳号 山本五之三
赤錆の手すり頼りし探梅行
春近し足場をばらす音高し
43 俳号 柴田康香
春近し旅の計画思い馳せ
44 俳号 長岡純子
よし行くぞ階段上り春近し
45 氏名 矢橋 徳子
鮮やかに光芒の夕春近し
探梅行お屋敷跡へ登りけり
48 氏名 荒木 弘子
春近し泥つき葱も使いきり
49 氏名 木本 和子
春近し洗濯物の手に柔し
☆挽きたてのコーヒーの香や春近し
「春近し」はかなり大きな季語ですので、この句のように身近な素材をもってくるとうまく行きます。そのお手本のような句ですね。
52 俳号 春うらら
白熱の企画会議や春近し
53 俳号 長尾笑元
草木も人も顔上ぐ春隣
前走の銀輪光る春近し
54 俳号 前田 椛
春近し行き交う人の笑顔なり
55 俳号 津島まあや
春近し静けさ破る鳥の声
56 俳号 久保田弘子
梅探る神社の空の青さかな
57 氏名 髙 理恵
春近し吾子から届く伊勢土産
58 俳号 おがわなおこ
山際の空は空色春近し
園バスに手を振る母ら春近し
59 俳号 桜井伸
窓明けて少女手をふる春隣
☆探梅や吾より先に鳥のゐて
あら、先客が……と思ったら、「鳥」でした。仲間を得たような、ちょっとした嬉しさのある句です。
60 俳号 寺澤 哲子
☆春近し颯爽とゆく娘あり
若い女性だからこそ「颯爽と」。よく働きよく学ぶ現代の「娘」さんの姿が格好いい。
屋根渡る猫のびやかに春近し
61 俳号 長澤きよみ
探梅やびいどろ茶屋に脚休め
木漏れ日のなだらかな道探梅行
☆春近し大川に座す翁像
選者としての私はほとんど「像俳句」「碑俳句」はいただかないのですが、この「翁像」は皆さんに是非見てほしい。なんと、回転する像であり、一見の価値あり、です。
63 俳号 田中多加代
春近し特設棚の豆を買い
64 俳号 岡田周子
単線の交わる駅舎春隣
65 俳号 西野悦子
里宮の空の濁りや春近し
川音のはずむ朝や春近し
新ビルの完成間近春隣
68 俳号 徳永恵楓
百歳の母に会えるや春近し
☆靴埋まる一歩一歩の探梅行
地味に見えますが、この季語らしい描写の仕方がされています。踏みならした道ではないからこそ、「埋まる」のでしょう。
79 氏名 塚本 富士子
☆春近しゴルフボールを買いたして
「ゴルフボール」はいくつあっても足りません。冬が終わればまたシーズンがくる、そんな期待に満ちた句です。
85 俳号 清水 昭弘
ゆりかもめ湖面を滑り春近し
86 氏名 屋形 雅代
夫の背は遠くなりけり梅さがす
春近し鳥は高みを旋回す
87 俳号 ちい
春近しハンドクリーム重ね付け
88 俳号 衣佐子
ひ孫待つ編み針の目に春近し
91 俳号 黒岩雅弘
鳥も木も溌剌として春近し
93 俳号 輝輝
夫といく矢切の渡し春隣
94 氏名 伊藤 美子
春近し上着いらずの畑仕事
97 俳号 小西博子
☆ランドセル背負う練習春近し
新一年生なのでしょう、少し照れつつ「練習」をしている様子がなんともいえず愛らしいですね。
探梅は求道の如く一歩ずつ
98 俳号 植田良穂
境内のあちらこちらを梅探る
100 氏名 原田 冨湖
探梅や飛行機雲のくっきりと
春近しパステル色に身を包み
101 氏名 松川 しのぶ
春近しケーキ明るき色選び
102 氏名 横松 きよみ
☆春近し開けては閉じる衣装箱
まだ寒い、いや、そろそろ春のものを出してもいいかしら、という迷いが中七によく出ています。
104 俳号 伊藤京子
春近し足湯楽しむ道の駅
105 氏名 穴繁 惠美子
七回り干支を迎えて春近し
106 氏名 林 佐知代
春近しゆっくりペダルこぐ川辺
春近し貝のクリームパスタかな
109 俳号 和田正尚
春近し背伸びの猫の大あくび
探梅や急勾配に息荒し
110 俳号 沈香花
お隣に越して来ました春近し
111 俳号 山﨑詩乃
最終試験その足で梅探す
112 氏名 笠倉 まゆみ
賑はひの臨時列車や探梅行
さわさわと揺れる小枝や春近し
113 氏名 北村 貞子
春近し雀のあまた飛び交ひて
探梅や空の青さに気づきをり
114 氏名 長松 素子
手習いの「光」にひかり春近し
116 氏名 南 功治
探梅と見える夫婦が指を差し
117 俳号 十勝晴尋
向ひ屋の槌音ひびく春近し
119 氏名 山中 優
退勤の淡き残照春近し
122 俳号 山城翔雲
春近し輝く朝陽拝みけり
☆探梅のこつこつと歩を進めけり
探梅はふだんから行き慣れている場所には行かないもの。だからこそ、「こつこつと」が生きてきます。
123 俳号 おおもと文薫
ペダルこぎ満面の笑み春近し
124 俳号 城下町ようこ
春近し夫婦茶碗に箸二膳
125 俳号 細野みすず
春近し深みに足を取られけり
126 氏名 桑原 堆子
房総の菜の葉届きて春近し
127 氏名 林美 智子
探梅や娘嫁ぎし山里に
128 氏名 小林 茂之
雨粒にやさしさ含み春近し
☆探梅や日射しの中の車椅子
うまく歩けない人を連れ出したのでしょう。中七の優しさが何ともいえぬ味わいを生んでいます。
礎石のみ残る城跡梅探る
129 氏名 中野 尋恵
南へと探梅に行く人の群れ
130 氏名 駒木 典子
裏山の猫神招く探梅行
山門に笑まふ和尚や探梅行
☆幼蹴るボールの高し春隣
ふだんはまだうまく蹴ることのできないであろう幼子の「ボール」は思いがけない高さへと飛んでゆきました。見守る視線がとても素敵です。
131 氏名 疋田 ちづ子
鳥あそび枝から枝へ探梅行
132 氏名 堀江 春代
心地良くほほ撫でる風春近し
133 氏名 辻井 裕子
探梅の山に登りて瀬戸の海
134 氏名 財津 副代
朝風に自転車を駆る春隣
136 俳号 水仙
プリン焼く甘美な香り春近し
137 俳号 にっこり月子
☆裏返る絵馬もありけり探梅行
梅の木がある神社に「絵馬」はつきもの。裏返ってしまったものは、はたしてご利益があるのでしょうか。ちょっとユーモラスな作品でした。
雲二つつかず離れず春近し
138 俳号 二人静
多彩なるランドセルあり春近し
139 氏名 山﨑 三十子
境内の燃え尽きし灰春近し
140 氏名 吉田 鈴子
春近し散歩のコース変へてみる
☆人声とほどよき起伏梅探る
この句の中七、素敵です。たしかにゆるやかなアップダウンが梅園にはつきものですから。
141 氏名 小林 真寿美
春近し工事現場の音止まず
143 俳号 福徳
ペダルこぐ木漏れ日の先春近し
144 俳号 三貴子
譲り合い轍を抜けて春近し
145 氏名 澤邊 義典
探梅の人の賑わう山路かな
146 氏名 檜山 八穗子
☆帆翔の鳥ふうわりと春近し
上昇気流を利用する「帆翔」。じつにゆったりとした作品で、春を待つ気分にぴったりです。
148 俳号 NICO
春近しレンタサイクル連ね来る
探梅や口遊む歌懐かしき
149 氏名 小谷松 直子
春近しピンクのコートしわ伸ばす
151 氏名 星谷 絹代
探梅の休み処にエトランゼ
153 氏名 田邊 法子
杉箸の香の広がりぬ春隣
☆陽をはじくサイドミラーや春近し
まこと、若々しい表現に満ちた作品です。クルマに乗ることがそのまま春へと向かってゆくような、華やかな句でした。
笹の音のみの社や探梅行
155 氏名 細川 京子
探梅や民家に椅子の二三脚
うみがめの町に軟風春近し
156 俳号 橋本千蓼
春近し花のエプロン新調す
159 俳号 柳光 みかづき
春近しまもなく君の誕生日
160 氏名 足立 ひでみ
タクシーを待つ間の風や春近し
161 俳号 前岡ちかこ
角餅が市場に並ぶ春近し
163 氏名 岡村 典子
単線の果てに園あり探梅行
165 氏名 小谷 治子
夫眠る山の静けさ春近し
☆阿蘇牛の濡れし目と合う春隣
ぬれぬれとした「目」と出合った作者。地名がとても生きている作品です。
174 俳号 山本厚子
臨月の重力に耐え探梅行
175 俳号 まつざきやすこ
探梅や二人歩幅の揃う径
177 俳号 詩架
探梅やまだ白き道父と行く
178 氏名 中岡 文子
☆春近し錦帯橋の踏みごこち
美しい形状で有名な「錦帯橋」。下五が稚気にあふれ、可愛らしい作品となりました。
180 氏名 瀧川 一夫
春近し花屋目当ての遠回り
181 俳号 渡辺 葉月
☆梅探る恋人先に来てをりぬ
梅林で落ち合ったふたり。ドラマが感じられ、とても楽しく読めました。探梅は渋い句が多いので、なおさら。
制服の採寸の吾子春近し
182 俳号 杤尾まほ
波音を胸に背に春近し
犬の歩に緩急のあり探梅行
185 氏名 山縣 良介
日の光肌で感じて春近し
186 俳号 右陣平
言の葉の丸みを帯びて春近し